数学連載 第15回 数学と近代絵画とのあいだ、其の1

数学について、賢人のことば。
第15回は、数学と近代絵画とのあいだ、其の1です。

自然と数学と芸術(絵画)を並べて見てみましょう。
★☆は捕捉とコメントです。

芸術作品というものが美しいのはひとえにその真理によってである
(シェリング)

ルネッサンスバロックまでは、主題性や物語性のある逸話的な描写絵画でした。

光とは実際、単なる現象にすぎない。
あらゆる色彩はそこに含まれているのだ。
この現象は密度の感覚を与え、事物を他のものから見分けるという根本的な識別の感覚を与えるのだ。
(ウジェーヌ・ドラクロワ)
☆光、色彩、現象そして感覚へ。
画家個人の感覚から真理へ。

f:id:youthcom:20210828112425j:plain

★★居室のアルジェの女たち(1834年)、ドラクロワ★★

f:id:youthcom:20210828112451j:plain

★★タンジールの狂信者たち(1837年)、ドラクロワ★★


線描とは形ではない
形の見え方なのだ
自然が相手でも構成は必要だ
(エドアール・マネ)
☆構造ではなく、構成。
マティスはマネについて、彼は反射的に動いて画家の仕事を単純化した最初の人物である。即ち、自分の感性に直接触れたものだけを表現したのだ、と。
印象派の出現に至って、観念から感覚への飛躍を完了した。
世界は、色の反映と波動との限りない多様性となり、物に固有な色はおろか、物さえ消えた。
印象主義者の技術上の難問題は、色彩を彼らの基本的な明るさの度合いへ、つまり色彩を光に変える点にあった。
色を明るくするか、ぼやけさせるかによって、外気は色になり、光は色の輪郭をふるわせて表出されるに相違ないと。

f:id:youthcom:20210828112533j:plain
★★笛吹く少年(1866年)、マネ★★

f:id:youthcom:20210828112604j:plain

★★鉄道(1872-1873年)、マネ★★

f:id:youthcom:20210828112632j:plain

★★海辺にて(1873年)、マネ★★


我々の芸術は、自然のあらゆる変化の諸相、諸現象と併せて、持続という衝撃を自然に与えなければならない。
自然界のあらゆる物象は球体、円錐体、円筒体に応じて形どられている。われわれはこれらの単純な形体を、いかに描くかを知らねばならない。
(ポール・セザンヌ)
☆マネは形の見え方と言ってましたが、自然と持続、そこに数学を忍ばせて、絵画として表現する。

f:id:youthcom:20210828112717j:plain
★★林檎の静物画、セザンヌ★★

f:id:youthcom:20210828112749j:plain

★★サント・ヴィクトワール山(1902年以降に制作されたもの)、セザンヌ★★

自然には、手触りを感じ得る空間がある。
静物に手が届かないとき、それは静物であることをやめるのだ・・・それは、私にとって、事物を見るだけでなくそれに触れるという、私がいつも持っていた欲望へと通じた。
(ジョルジュ・ブラック)
☆光、色彩から物、空間に対する感覚へ。そこにセザンヌの手触りを感じます。
★色彩とフォルムの領域でのブラックの発見は、幾何学の内在的意味から着想された。
ルネッサンス以来、自然対象を再現してきた描写絵画の崩壊の過程である。

f:id:youthcom:20210828112838j:plain

★★レスタック風景(1908年)、ブラック★★

f:id:youthcom:20210828112908j:plain

★★マンドーラ(1910年)、ブラック★★


★西欧の絵画はルネッサンス期に遠近法が誕生して以来、二次元の画面に奥行きのある三次元のフォルムを描写するようになり、人物や自然といった外界対象をあたかもそこにあるかのように画面に再現し描出してきた。
ここでは空間はつねに不動のものとみなされ、また空間のなかの対象も観察者の固定したひとつの視点からのみ捉えられてきた。

f:id:youthcom:20210828112952j:plain
★★アテネの学堂、ラファエロ★★

f:id:youthcom:20210828113026j:plain

★★最後の晩餐、ダヴィンチ★★


キュービストは、もっと本質的に、対象の多様な様態を表現する必要を感じたのである。そこで、構成要素を十分に知るために、彼らは対象の表面を剥ぎ落し、崩しはじめた。
ピカソの絵画空間の分析は、対象経験を正確に表現しようとした努力の、当然な結果であった。切り離された部分は他の背後に置かれ、無限の深みを与え、おびただしい時間が織りこまれている。
だから、これらは互いに深く影響しあっているのたが、つねにエキサイティングな視覚的配合の、さまざまな多様化の中に、豊かではっきりした空間を創り出している。
(モホリ=ナギ)
☆多様、無限、時間。多くのことが含まれていますね。

f:id:youthcom:20210828113143j:plain
★★テーブル(1910年)、ピカソ★★

f:id:youthcom:20210828113238j:plain

★★ポートレート(1913年)、ピカソ★★

空間の把握はもはや有機的なものではなく、造形的、合理的なものでもなく、有用性の考慮から、物質的な支配欲から生まれる。
これらの危機をいやす手段は生命の内的な合法則性の新たな洞察にあり、新しい集団的な意識にあるのである。
(アルベール・グレーズ)
★画家が自己特有な物の見方によって自分自身を正当化せざるをえなくなったとき、絵画は一般大衆に対する意義を失ってしまい、いつの間にかもっとも難解な形而上学に落ち込んでしまった。
★ブラックやピカソの場合には描写対象や空間のデフォルメの際に、画像分解やそれを支えた平面幾何学といった中間領域により確かな基盤を発見した。
☆物と欲望、個人と集団、第1次世界大戦(1914年~18年)と絵画、世界の混乱が表現されているようにも見えます。

 

f:id:youthcom:20210828113638j:plain
★★風景(1910年)、グレーズ★★

f:id:youthcom:20210828113839j:plain

★★帆船(1916年)、グレーズ★★

☆自然→→→絵=感覚+構造(数学?)
数学っぽいものが、表現手段としてちらちら見えていましたが、このあとどうなるのでしょうか。

想像力の奔放な活動と力は、私達が自己を忘れて精霊に取り憑かれたように、わたしたちの周りの事物の内部に入って行ける能力に依存している。
想像力は絶えず外的自然によって英気を養わなければならない。
(ジョン・ラスキン)

ご参考

「世界の名著 続9」岩崎武雄責任編集、中央公論社
ウジェーヌ・ドラクロワ」ジル・ネレ著、TASCHEN
エドアール・マネ」ジル・ネレ著、TASCHEN
ポール・セザンヌ」ウルリケ・ベックス=マローニー著、TASCHEN
「新潮美術文庫 43 ブラック」串田孫一著、新潮社
「ザ ニュー ヴィジョン」モホリ=ナギ著、大森忠行訳、ダヴィッド社
バウハウス叢書 キュービスム」アルベール・グレーズ著、貞包博幸訳、中央公論術出版
マルセル・デュシャン全著作」ミシェル・サヌイエ編、北山研二訳、未知谷
「構想力の芸術思想」ジョン・ラスキン著、内藤史朗訳、法藏館