🌸2024年度 卒塾会🌸

教室スタッフ岡村です。

4月になりました。
本年度もよろしくお願いいたします。

 

さて、先週3/29(金)は自由塾の卒塾会でした。
2024年度に卒業した6名は、(3月8日のブログでもご紹介したとおり)何と全員第一志望に合格/就職!

今日は、晴れやかな雰囲気の中で行われた会の模様を少しお届けします。

 

まずは、恒例のアイスブレイクから。
みんなで輪になり、いつもは名前順などで並ぶところ、今回のテーマは「背の順」、そして「小指の長さ順(!)」あまり変わらなそうに思えますが、実は全然違う並び順になるのでした。

 

 

次は、これも恒例になりつつある、スタッフ磯村さんによるクイズ大会!
生徒さん、スタッフともに、出題される難読漢字やことわざのクイズに挑戦。楽しみながらも、よい国語の勉強になりました。

続いて、スタッフ池田さんの落語公演。
演目は「太鼓腹」。
今回は出囃子もつき(某長寿番組のBGM)、教室はさらに盛り上がりました!

幸せと座布団を運ぶ?スタッフ山田さんも裏に・・・

プログラムの最後は、スタッフ西川さんのクイズ大会。
問題はどれも、西川さんが実際に訪れた都道府県の名所や名産から出題されました!

今回は、差し入れのお菓子が過去最高の種類と量になり、クイズ大会の景品もとても豪華になりました。
いつにも増して「どんどん持っていって!」「こっちにもあるよ!」と賑やかな様子に。
生徒さんもスタッフも、袋に大量のお菓子を詰めて持つという、何とも平和な光景が広がっていました。
お菓子を持ち寄ってくださった皆さん、ありがとうございました!

選択問題式

卒塾会の締めくくりは、卒業する生徒さんから一言ずつもらい、スタッフからも数名が代表してお祝いを述べる形となりました。
生徒さんが自由塾に通った年数を聞くと、月日の早さに驚いてしまいますが、それだけの時間を確かにここで過ごしてこられたと思います。
新しい環境でも、たまにここでのことを思い出してもらいながら(笑)ぜひ頑張ってください。

引き続き通われる生徒さん、スタッフの皆さん、
そして新たに来られるであろう生徒さん&スタッフさん、
本年度もどうぞよろしくお願いします!

 

スタッフ岡村

受験生全員第一志望校に合格しました!

教室長です。

 

2025年ももう3月ですね。

東京都立の入試結果も発表され、全員の進路が確定しました🌸

 

今年は小中高合わせると卒業生も多く、それぞれの進路に進んでいくようです。

・小学生Aくん🌸

 学校でも成績が伸びて誉められているようで中学進学も決定!引き続き自由塾に通う予定です。マイペースで勉強は嫌いでもスタッフの提案には乗って勉強しています。(自由塾歴5年)

・中学生Bくん🌸

 都立推薦入試にて合格!3月も勉強したり、メタバース自由塾の開発を手伝ってくれています。引き続き通うとのことで、勉強も開発もよろしくです!(自由塾歴2年)

・中学生Cくん🌸

 都立推薦入試にて合格!保護者の方からも「勉強以外にもコミュニティーとしてとてもありがたいです」とお声をもらいました。教室のムードメーカーで人懐っこいお陰で新しく入る生徒さんもスタッフさんも助かってます。(自由塾歴4年)

・中学生Dさん🌸

 第一志望校の私立に無事合格!数学の苦手潰しに集中して頑張りました。中学卒業するまでは「勉強しない!」宣言。教室ではスタッフとボードゲームに夢中。コミュニケーション能力も磨かれていっている印象があります。(自由塾歴3ヶ月)

・中学生Eさん🌸

 「北海道に教えを乞いたい先生がいる」と高専高校を果敢に受験し見事合格!将来は研究者になるかもしれませんね。保護者の方からも「周りに同じような受験生もおらず孤独な闘いの中で自由塾の存在は大きくありました」とお声をもらいました。北海道で仕事をしていたスタッフとも話が盛り上がっているようです。(自由塾歴3年)

・高校生Fくん🌸

 小学校5年生から通っていて、工業系高校を卒業し、IT系の就職が決まったとのこと!IT系の仕事をしているスタッフもいて、ライバルになるねと話していました。小学生から社会人になるまで見てきたスタッフたちも感慨深い想いでいます。仕事が落ち着いたらサポート側で戻ってきてほしいですね。(自由塾歴7年)

 

3月末には卒塾会を企画していますが、少し寂しい気持ちもありますね。

それぞれのライフステージに進んでいけることを応援しつつ、素敵な生徒さんたちと出逢える自由塾が誇りでもあります。

これからもスタッフ・生徒、個人で、みんなで歩んでいきたいですね。

普段と違う会場 テーブルよりプレイマットに集まっています

メタバース自由塾 開発中!

本日の教室 受験も終えて勉強したい希望がなかったので色々なゲーム中です

 

子ども食堂で教室開催!(卒業生報告)

こんにちはみなさん、自由塾元生徒Yです。

お久しぶりです。

大学生になり元気にやっています。

 

今回は、いつものふれあい運沼では無く子供食堂だんだんという場所で活動しました。

蓮沼駅近くにあります。

 

この日僕はいなかったので様子は写真でしか分かりませんが、ここ子ども食堂だんだんは僕も利用したことがあり、他にも手話教室や子供向けのイベントなども行っている場所なんです。

過去にもだんだんの代表、近藤さんには、お世話になりました。マジでみなさんよければワンコインでご飯提供してくれるので、ぜひだんだんへいってみてください。

参考リンク

気まぐれ八百屋だんだん(一般社団法人名:ともしびatだんだん)

 

 

教室長です。

Yくんの報告にもあるように、全国子ども食堂の先駆けでもある、「気まぐれ八百屋だんだん」さんのスペースをお借りして学習を行うことができました。

 

 

中は暖かい雰囲気に包まれており、最初は生徒もスタッフもなれない場所で緊張していましたが、すぐに馴染んで学習やコミュニケーションを取ることができていました。

 

今年の高校受験生は4人いて、そのうちの二人は都立の推薦入試にて合格し、無事に進路を決めました!おめでとうございます🌸🌸

 

あとのお二人は私立だったり高専だったりと、これまでの自由塾の歴史においてもなかなかハイレベルな学校を受験ということで、大人も総がかりでサポートしています。

いよいよ今週末受験になるのでぜひ頑張って欲しいですね!

 

午後のクラスでは、高校生と受験を終えた中3生たちでメタバース空間を体験しました。予告をしたらVRゴーグルを持ってくる生徒も!

塾長の私もメタバースでは活動経験があるので、今後も見据えてメタバース自由塾?も生徒と一緒に考えていくことになるかもしれません。

 

卒業生報告、子ども食堂メタバースと盛りだくさんの記事になりましたが、引き続き蓮沼教室もみんなで前進していきます!

新年のご挨拶とクリスマス会のご報告

教室スタッフ岡村です。

 

皆さま、あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

 

ブログの更新も久々ということで、年末年始の教室についてもちょっと触れておこうかなと思います。

手前 スマホでブログ記事執筆

まずは12月21日、恒例のクリスマス会が開催されました。


会は「奥村塾長の鉄板ネタ」(出典:23年クリスマス会ブログ)のアイスブレイクからスタート。

スタートはサークルになって

 

お互い話し合いつつ五十音順、自由塾歴順に並んでみたり、会話禁止の中で誕生日順に並んでみたり…(黙々と数字のジェスチャーを掲げ合うシュール空間)

1.2.3ゲーム 最後まで失敗せず生き残ったペアが優勝

ペア対抗で地味に難しいリズムゲームのようなものをやったり(勝利したペアを除くみんなの脱落が早すぎる件)、数チームに分かれてほうれん草ゲームをやったりして(分裂と合体を繰り返すほうれん草)場が温まりました。

ほうれんそうゲーム 作戦会議

続いてのプログラムは、スタッフ磯村さんによるクイズ大会!

自作の20問! 1問ごとに正解者へお菓子の景品

 

問題文や選択肢のパネルを用意してきてくださり、なかなか本格的なものになりました(正答者にはお菓子の景品も!)。難読地名を答えるクイズでは、今まで認識していた読みが違うと分かり愕然とするスタッフもいました…笑

スタッフ・生徒 白熱!

そして、はすぬま教室の伝統(?)スタッフ池田さんによる落語寄席も開かれました。

自由塾恒例となった落語で一席

 

盛況だったかなと思いますが、本人は「もっとウケると思っていた…!」とのこと。これからも楽しみにしております!

お後がよろしいようで

最後は、一年の振り返りや来年の目標を1人ずつ話してお開きとなりました。
皆さま本年もありがとうございました、また来年も〜という空気になりました…

 

が、2024年はカレンダーの関係上、翌週28日がその年最後の自由塾でした。

 


そして新年は1月4日からスタート。
多くの大人(私もです)が年末年始9連休だったのに比して、なかなか早い教室始めとなりました。

 

あっという間の1月、受験シーズンもいよいよ佳境です。すぐには受験を迎えない学年でも、学年末テストなど、何かと大事な時期です。

 

急にきた真冬の寒さ、宿敵インフルエンザやコロナ等、何かと油断ならない季節ではありますが、はすぬま教室のゆるゆるとして賑やかな空気の中、今年ものびのび、時々(?)しっかり勉強もしつつ、健康第一で皆さまと過ごしていけたらと思います。

 

スタッフ岡村

「読書感想文のススメ その2」 スタッフ本間より

東京裁判です。つづき、


東京裁判のねらい

 ヴェルサイユ条約では、ヴィルヘルム2世が戦犯として裁かれるはずでした。
 大日本帝国の場合は誰なんでしょう。

 ■大日本帝国憲法(1889年)

  第1章 天皇

   第1條
   大日本帝國ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス

   第4條
   天皇ハ國ノ元首ニシテ統治權ヲ總攬シ此ノ憲法ノ條規ニ依リ之ヲ行

   第11條
   天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス

 天皇は国の元首であり、統治権を総攬し、この憲法の条規によりこれを行い
 ます。天皇が近代的官僚制を組織して統治権を総攬するという近代国家はこ
 こに成立しています。ゆえに、天皇が法廷に呼ばれる可能性が高い、という
 ことになりますね。


 ■ポツダム宣言のやりとり

 日本は8月10日、中立国であるスイスを通じて、連合国側へ申し入れをしま
 した。

   右宣言(ポツダム宣言)は天皇の国家統治の大権を変更するの要求を、
  包含しおらざることとの了解のもとに、これを受諾す。帝国政府は右了解
  にして誤りなきを信じ、本件に関する明確なる意向が速やかに表示されん
  ことを切望す


 連合国(アメリカ)からの返事は、

   降伏の時より天皇および日本国政府の国家統治の権限は降伏条項実施の
  ため、その必要とする処置をとる連合国最高司令官の制限のもとにおかる
  るものとす。日本国の最終的な政治形態は、ポツダム宣言にしたがい、日
  本国国民の自由に表明する意思により決定せらるものとす


 連合国最高司令官の制限のもとにあるといいつつ、天皇の存在を認め、天皇
 制の存在を承認したという趣旨ととらえることができます。
 実は、連合国(アメリカ)は、天皇制維持が規定方針として決まっていまし
 た。日本の統治と復興には天皇を利用した方がいいと判断したためです。こ
 れは、天皇を証人として呼ばない、呼べないことになります。
 日本側には天皇をお守りしたい、という思いがあったので、結果として日本
 の思惑と密かに一致していたことになります。
 そしてここが、東京裁判の1つの軸になっていくわけです。


 ■カサブランカ宣言(1943年)

 裁判の目的は、復讐にあり?

 1943年(昭和18年)の1月26日、ルーズベルト大統領とチャーチル首相が、
 アフリカの西岸カサブランカで会合した。戦争遂行及び処理方法を談じたも
 ので、カサブランカ宣言として発表されます。両国は枢軸国(第二次世界大
 戦時に連合国と戦った諸国のこと)に対しては、無条件降伏を求めることを
 ここで決めています。

  我々は政治の中軸や党派の中軸に対処する唯一の条件は、カサブランカで
  宣言されたものであり、「無条件降伏」である。我々の非妥協的な政策で
  は、枢軸国の庶民に何ら害を及ぼさないことを意味している。しかし我々
  は、彼らの犯した罪で野蛮な指導者に対し、完璧な罰と報復を課すことを
  意味している・・・


 1943年の2月12日、ルーズベルト大統領が演説を行います。

  ・・・われわれ連合国が、枢軸国、あるいは枢軸派と交渉する唯一の条件
  は、カサブランカで宣言した条件、すなわち無条件降伏である。それは彼
  らの犯罪的な、野蛮な指導者に対しては処罰を加え、報復を加えることを
  意味する。

 無条件降伏は敵国指導者に報復を加えることを意味する、と捉えることもで
 きますね。この流れでいけば東京裁判の目的に復讐がある、ということにな
 ってしまいますが。


 ■ニュルンベルク裁判(1945年11月20日~1946年10月1日)

 連合国によって行われたナチス・ドイツ戦争犯罪を裁く国際軍事裁判であ
 り、東京裁判はこの裁判をモデルに行われる手筈となっていまいた
 ソ連からすれば、多くの死傷者を出したことに対する恨みをはらすため、ナ
 チス戦犯を徹底的に裁くという狙いもあります。ヒトラーやゲッペルスは既
 に死を選んでいて裁くことは叶いませんでしたが、ナチスの行いを裁きのタ
 ーゲットにするという狙いがありました。
 では、日本においてヒトラーナチスの幹部と同等と見なせる人物は誰なの
 か、ですね。


 ■サンフランシスコ平和(講和)条約(1951年) 第11条

  日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争
  犯罪法廷の裁判を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれ
  らの法廷が課した刑を執行するものとする。

 東京裁判の結果はどうあれ、日本は裁判の判決を受け入れ一件落着となりま
 した。東西冷戦が始まり、アメリカとソ連は同じ連合国であったにもかかわ
 らず関係がギクシャクし、裁判どころではなくなり切り上げた、という見方
 もあります。
 ドイツはニュルンベルク裁判が終わったあとも自らの手で戦犯を裁き続けま
 すが、日本はアメリカがOKといったから裁判は終了です。(国内、国外の
 BC級戦犯の動向については調べておりませんが・・・)

 そして、1960年の日米安全保障条約により、日本とアメリカの安全保障のた
 め、日本本土に米軍(在日米軍)が駐留することを認め、軍事同盟を結ぶこ
 とになります。アメリカは東京裁判を通して何をもくろんでいたのか。また、
 日本がアメリカを受け入れたことが、日中や日韓関係にどう影響したのか、
 ですね。靖国問題を考えるうえでのヒントも東京裁判にはありそうです。


東京裁判の中身のモヤモヤ

 キーワードとして、3つを見ていきます。

 □平和に対する罪、人道に対する罪とは?

  弁護側

   ポツダム宣言の第10条には、平和に対する罪、人道に対する罪を犯した
  者をも処罰するとは書かれていない。

  検察側

   ・・・ルーズベルト大統領の演説等において、連合国はポツダム言以
  前に、日本に対して平和に対する罪、人道に対する罪が罰せられることに
  ついて、日本にも充分予告がされている。故に日本の承諾したポツダム宣
  言の「戦争犯罪人」には、平和に対する罪も人道に対する罪も包含せられ
  ているものと解すべきである。

  弁護側

   A級戦犯被告人は、平和に対する罪を犯したということを起訴の第一事
  実とした。ニュルンベルク裁判でも、連合軍側の検事は、これを起訴の第
  一事実とした。だがそれは事後法である!

 A級戦犯とは平和に対する罪を犯したものが該当します。弁護側は、平和に
 対する罪は、この裁判を行う際に定められたものではないのか、或いは勝手
 に解釈を拡大してませんか、といっています。検察側としては言い訳に苦し
 いですね。


 □共同謀議

  起訴状 訴因第1

   全被告は他の諸多の人々と共に、1928年1月1日より、1945年9月2日
  に至るまでの期間において、共通の計画、又は共同謀議の立案又は実行に
  指導者、教唆者、又は共犯者として参画したるものにして、前述の計画実
  行につき、本人自身より為されたると、他の人により為されたるとを問わ
  ず、一切の行為につき責任を有す。

 共同謀議ということで、それが裁かれる理由の1つになります。ですが、共
 同謀議の範囲をどう定めるのか、定め得るのか、が問題です。


 □侵略か防衛か

  検察側

   1928年から日本政府の採用した軍事措置が、国際公法から見てそれ自体
  犯罪行為であるとする。
   日本の政策が犯罪であると論じるのみならず、もし国家が侵略的戦争ま
  たは条約違反の戦争を起こした場合に、たまたまその局に当たり、戦争遂
  行の決定に参加した個人は、犯罪者としての責任を免れないと。

  弁護側

   主権ある国家が、主権の作用としてなした行為の関して、ある者が当時
  国家の機関たりしとのゆえをもって個人的に責任を負うというがごときは、
  国際法の原理としては1928年においては無論のこと、その後においても成
  立していなかった。

 共同謀議ともつながりますが、国家の行為としてそこに関わったであろう個
 人が責任を負い、裁かれることは、国際法には定められていたなったと弁護
 側はいいます。そして国家が為した行為が侵略であるか、防衛であるか、そ
 の境界もあいまいです。
 先に手を出した方が悪い、というセオリーを重視するのであれば、例えばア
 メリカが日本に圧を加えて追い詰めて、日本が先にを出す状況を作る。そう
 すればアメリカはそれに対して防衛戦を行う、というある意味大儀ができる
 わけです。理由ですね、最近であれば相手が核を保有しているから、それを
 使われると困るので先に攻撃すると。でも核がなかったとして、やってしま
 ったものはしょうがない?

 つづく

 

 

Enjoy Music & English (4) スタッフ高畠より

スタッフ高畠です。

※原文のブログリンクはこちらです。

music-english.blog.jp

 

2024年09月05日

今回はジョン・レノンのお話をしましょう。

 

私がこれまで一番「英語らしい表現だなー」と思ったのは、彼の “Give Peace A

Chance“ でした。

時はベトナム戦争真っ盛り。 そんなに戦争ばかりやっていないで、「平和にもチャンスを

与えよ!」(邦題 平和を我等に) という反戦歌で、“Power To the People”とともに

よくベトナム反戦集会で歌われたようです。(短い曲ですから一度聞いてみてください。)

youtu.be

いまではクリスマスの定番音楽として流される “Happy Christmas—War Is Over”

も ’72年作ですからまだ戦争は終わっていない時期です。 曲の真意は

“War is over   If you want it”  「もしそれを望むなら、戦争は終わる」 の

もしそれを望むなら、の方なのですね。

youtu.be

ベトナム戦争アメリカが本格介入した‘65年から、’75年にベトナム解放軍の勝利で米軍

が撤退するまで、延々10年間泥沼のような戦争が続き、アメリカの政治・経済・国民感情にも

大きな傷を残しました。(ベトナム戦争関連の映画は沢山ありますから、是非1本でも観て

頂けると当時の雰囲気が分かると思います。)

  

日本も無関係ではなく、沖縄米軍基地からは戦闘機が飛び立ち、死傷者が運び込まれ、

また戦地に向かわなければならない米軍の若者たちがたむろしていたのです。

当時は反戦デモが世界的に盛り上がり、私も高校生としてべ平連(ベトナムに平和を!連合)

のデモに参加したりしました。

 

ジョン・レノンは急進左派の活動家としてFBIに監視されていて、ニューヨークに定住する

のにもなかなか許可が出ず、苦労をしたようです。

 

でも、ビートルズ以降のジョン・レノンは、本当にストレートに自分の信条や気持ちを表現

していますよね。特に「John Lennon ジョンの魂」は赤裸々なまでに自分をさらけ出した

作品になっています。

 

 

彼の曲ですごいのは、本当に 最小限の易しい言葉とメロディーで、深い内容を歌っている

ことです。 有名な “Imagine”も、あんなに単純な言葉で宗教も国境も私有財産もない、

争う必要のないユートピアを描いていますよね。

 

「ジョンの魂」の一曲、一生懸命「愛」を定義づけようとする曲 “Love”を聞いて、カッコ内に

聞き取った語を入れてみてください。絶好のリスニング練習です。 

youtu.be

Love is (     ),(     ) is love

Love is (     ),(     ) love

Love is (     ) to be loved

 

Love is (     ),(      ) is love

Love is (     ),(      ) love

Love is (     ) to be loved

 

Love is you, you and me

Love is (     ) we can be

 

Love is (       ),(      ) is love

Love is (       ), (      ) love

Love is needed to be loved

 

 

 

主夫宣言をして完全に音楽界から離れてから5年後、アルバム「Double Fantasy」を発表して世界中で

話題になったジョン・レノンでしたが、、、、、一ヶ月も経たずに狂信的なファンに射殺されるという悲劇が

起きてしまいました。

 

当時すでに英語教員として働いていた私は、あまりのショックで (選択クラスで) “ジョン・

レノン追悼授業“を実施してしまいました(!) 当時は公立学校も今よりずっと自由な時代

でしたから。

 

ジョンの人となりを語り、上記の曲や「Double Fantasy」からの曲を聞いて、リスニングを

したり和訳したり、、、、(ヨーコはじめ全ての女性に捧げる賛歌 “Woman”や 再出発を歌う

“Starting Over” は是非お聞きください。)

 

youtu.be

 

ジョンの父親はジョンが生まれてまもなく家を去り、母親もジョンが18歳の時に交通事故で

死去しました。ジョンは叔母夫妻に育てられたのですが、「ジョンの魂」のレコーディング前に

幼少期からの記憶にまでさかのぼり、全てを吐き出すという精神治療を受けたそうです。

その時、彼は大声を上げて泣き出したとのこと。

 

 

そんな生い立ちを考えながら、“Mother”を聞いてみてください。 最初の2行をあなたは

どう訳しますか?

youtu.be

Mother, you had me  but I never had you

I wanted you, you didn’t want me

So I, I just got to tell you

Goodbye, goodbye

 

Father, you left me  but I never left you

I needed you,  you didn’t need me

So I, I just got to tell you

Goodbye, goodbye

 

Mama don’t go

Daddy come home

 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

「読書感想文のススメ方」 スタッフ本間より

久しぶり本間さんより記事のご投稿をいただきました。

スマホの方は横にして見ていただくとレイアウトとして良いと思います。

@@@@@@


 夏休みが終わりました。
 宿題の読書感想文は書けましたか?

 私は中学1年のおりに書いたのが最後で、それからずいぶんと年月が過ぎてしまいました。
 あの頃は読書から距離を置いた生活をしており、というか本には目もくれず、当然それらしいものが書けたわけではありません。

 さてさて、教えるというとおこがましいですが、宿題の読書感想文を見る立場になってみると、はてどうしたものか
 ですね。
 当時も今も悩みどころは、どうすれば何百字も書けるのか!構成はどうするのか!!そして読書感想文らしさとは!!!であると感じています。

 ということで、大人になった私が読書感想文を綴るとなるとどうするか、ちょっと考えてみます。


 ■課題の文(教科書より)

   山極寿一著『作られた「物語」を超えて』


(1)情報をあつめる

 課題となる本や文章と1対1で向き合うには分が悪い。
 それは私の見方や捉え方、そして感想はたかが知れている、というのが今になってわかってきたからです。
 まずは、著者や関連すると思われる情報をいくつかあつめるところからです。


 (い)著者について少々

 人類学者、霊長類学者にして、ゴリラ研究の第一人者。
 著書も多数あり、その中でゴリラの生態をはじめ、ゴリラ目線で現代社会の問題、特に教育について思うところが大きいようです。


 (ろ)内容について

 ネット上で、著者の想いが語られていました。以下、抜粋です。

 光村書店 web magazine
 https://www.mitsumura-tosho.co.jp/webmaga/kotoba-to-manabi/interview/tsukurareta

 Q:「物語」という表現に込めた意味は?

 A:執筆するにあたって念頭に置いたのは、芥川龍之介の短編「桃太郎」です。これは有名な昔話を鬼の立場から描いたもの。鬼が島で安穏に暮らしていた鬼たちのもとに、桃太郎が突如として現れる。逃げ惑う鬼たちを追い立てる桃太郎に、鬼は恐る恐る、自分たちは何か無礼でもしてしまったのかと尋ねる。すると桃太郎は次のように答えた。

    「日本一の桃太郎は犬猿雉の三匹の忠義者を召し抱えた故、
     鬼が島へ征伐に来たのだ。」

   身勝手な言い分で何の罪もない鬼を征伐する桃太郎と、被害者となってしまう鬼。この構図は、ヨーロッパ諸国によるアフリカ諸国に対するかての植民地支配にそのまま当てはまる。

   「物語」を読み解くとき、作った側の視点ではなく、作られた側の視点から検討することが必要だという思いをこの文章には込めたつもりです。
   「物語」の裏側には、必ず作った側の意図があり、時にそれは正当化の手段として成立しているからです。

 (は)芥川龍之介の桃太郎について

   大正13年の作品です。この年、第一次世界大戦の賠償金支払いに悩むドイツではナチス共産党が躍進する。イギリスではチャーチルが蔵相に就任し、金本位制に復帰する。アメリカではIBMが誕生し、日本は前年の関東大震災からの復興を目指していた。ブルトンの『シュルレアリスム宣言』、トーマス・マンの『魔の山』、宮沢賢治の『春と修羅』などが出版された。

  以下、『芥川龍之介全集5 桃太郎』ちくま文庫をもとにした概要です。

   桃から生まれた桃太郎は鬼が島の征伐を思い立ちます。その訳は、お爺さんやお婆さんのように、山や川や畑へ仕事に出るのがいやだったから。
  この腕白ものに愛想をつかしていたお爺さんとお婆さんは、出陣の身支度を整え、黍団子をもたせ、笑顔で見送りました。

  犬、猿、雉を従えた桃太郎、目的は鬼が島の宝物です!

   鬼が島は絶海の孤島でした。
  椰子の聳えたり、極楽鳥の囀ったりする、美しい天然の楽土で、このような地に生まれた鬼は平和を愛していました。
  瘤取りじいさんの話に出てくる鬼は一晩中踊っていたり、一寸法師の話に出てくる鬼は一身の危険を顧みず物詣での姫君に見とれたり、酒呑童子大江山の岩屋に酒ばかり飲んでいたり、と、鬼とは元来人間よりも享楽的に出来上がった種族らしい、と芥川はいいます。

   鬼が島に上陸すると、
  「進め!進め! 鬼という鬼は見つけ次第、一匹も残らず殺してしまえ!」
  桃太郎はこういう罪のない鬼たちに建国以来の恐ろしさを与えました。

   あらゆる罪悪の行われた後、鬼の酋長は降参し、こんなやりとりが
  「では格別の憐憫により、貴様らの命は赦してやる。その代りに鬼が島の宝物は一つも残らず献上するのだぞ。」
  「はい、献上致します。」
  「なおそのほかに貴様の子供を人質のためにさし出すのだぞ。」
  「それも承知致しました。」

  鬼の曹長は恐る恐る桃太郎へ質問しました。
  「わたくしどもはあなた様に何か無礼でも致したため、ご征伐を受けたことと存じております。しかし実はわたくしを始め、鬼が島の鬼はあなた様にどういう無礼を致したのやら、とんと合点が参りませぬ。ついてはその無礼の次第をお明し下さる訳には参りますまいか?」
  桃太郎は悠然と頷きました。
  「日本一の桃太郎は犬猿雉の三匹の忠義者を召し抱えた故、鬼が島へ征伐に来たのだ。」
  「ではそのお三かたをお召し抱えなすったのはどういう訳でございますか?」
  「それはもとより鬼が島を征伐したいと志した故、黍団子をやっても召し抱えたのだ。 どうだ? これでもまだわからないといえば、貴様たち
 も皆殺してしまうぞ。」

  桃太郎は犬猿雉の三匹と、人質に取った鬼の子供に宝物を引かせながら、
  得得と故郷へ凱旋しました。

 (に)鬼

  そもそも鬼って悪者なのでしょうか?

  鬼  大辞林 第3版 より

   姿が見えない意の「隠」の字音「おん」の転という

  1)(天つ神に対して)地上の国つ神。荒ぶる神。
  2)人にたたりをする怪物。もののけ。幽鬼。
  3)醜悪な形相と恐るべき怪力をもち、人畜に害をもたらす、想像上の妖
   怪。仏教の影響で、夜叉・羅刹・餓鬼や、地獄の獄卒牛頭・馬頭などを
   さす。牛の角を生やし、虎の皮のふんどしをつけた姿で表されるのは、
   陰陽道丑寅(北東)の隅を鬼門といい、万鬼の集まる所と考えられた
   ためという。
  4)放逐された者や盗賊など、社会からの逸脱者、また先住民・異民族・
   大人・山男などの見なれない異人をいう。山伏や山間部に住む山窩など
   をいうこともある。
  5)子孫の祝福に来る祖霊や地霊。
  6)死者の霊魂。亡霊。

   桃太郎からすれば、鬼が島の鬼は、3)と4)を合成したようなキャラ
   クターでしょうか。

 (ほ)他の著書、論文にもあたってみる

  例)
   山極寿一、小川洋子著『ゴリラの森、言葉の海』新潮社
   山極寿一、小菅正夫著『ゴリラは戦わない 平和主義、家族愛、楽天的』
              中央公論新社
   養老孟司、山極寿一著『虫とゴリラ』毎日新聞出版
   山極寿一、小原克博著『人類の起源、宗教の誕生』平凡社
   山極壽一『コロナ・パンデミック未来社会』
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits/27/9/27_9_12/_pdf

   さっと眺めると、著者はヒトとゴリラをわけるものとしての言葉に注目
   しているようです。では、タイトルにある物語とは何を意味するのか。

  物語  大辞林 第3版 より

  1)あるまとまった内容のことを話すこと。ものがたること。また、その
   内容。話。談話。
  2)文学形態の一。広義には、散文による創作文学のうち、自照文学を除
   くものの総称。すなわち、作者が人物・事件などについて他人に語る形
   で記述した散文の文学作品。特に、人物描写に主眼のある小説に対して、
   事件の叙述を主とするものをさすことが多い。
  3)浄瑠璃・歌舞伎の演出・演技の一形式。登場人物が過去の事件や心境
   を身振りを交えて物語る場面。
  4)男女が相語らうこと。情を交わすこと。

   1)が該当しそうです。『人類の起源、宗教の誕生』によれば、

   言葉によって、目には見えない、現実にはないものをつくり出す能力ができた。また、言葉によって、人間の世界の外にある何ものかを知り、あるいは何かを想像する力を手に入れた。つまり、想像する力が圧倒的に拡大されたのだ。
   言葉ができて、世界を言葉で語り始めて、物語を作ってコミュニケーションを取り合うようになった。
   その結果、物語の世界の方が、今身体で感じている世界よりもリアリティを持ち始めるようになったのではないか。

   ジャングルでは能力の違う生物たちが、お互いにコミュニケーションを取り合って秩序を保っているように思える。そこには我々にはまだ理解できない、言葉以外のコミュニケーションがあるのではないか。そうであるならば、言葉を発する以前のヒトもジャングルでは同じことを行っていたはずである。そして、言葉を得ることによってヒトはジャングルから離れ、そこに住む生物たちから孤立する道を選んだのではないか。

   言葉は情景を描いたり、物事を伝えるということに関しては、非常に便利である。しかし、我々が五感で感じた風景や音声を言葉にして伝える場合、そこでは非常に抽象化したシンボルにつくり変えられてしまう。言葉にすることで、情報が欠落したり、誇張されたりするということである。ゆえに、自分が感じたことそのものすべてを正確に伝えるのは困難である。言葉が文字となり、そして物語になればなおさらである

   ゴリラは自己主張の強い動物である。だが、主張が強すぎれば仲間から反感を買い、主張が弱ければ仲間から認めてはもらえない。ゆえにゴリラは相手によってそれを使い分ける方法をとっている。そのために生まれてからずっと身体を使ってそれを経験し、学んでいるのだ。身体とは五感をフルに活用すること、それは言葉を持たない代わりに、身体を使ってコミュニケーションをはかっているのである。


(2)要約してみる

  かつてゴリラには狂暴で獰猛で人間を襲うらしい、というような物語があ
 った。それは、ヨーロッパ人がアフリカ大陸の密林の奥地でゴリラに遭遇し、
 ドラミング(手で胸を叩くしぐさ)を目の当たりにした体験が由来している
 ともいわれている。この作られた物語が災いし、ゴリラは悲惨な運命をたど
 ることになった。出会うヨーロッパ人に問答無用で殺され続けたという。

  著者はゴリラ研究の第一人者である。その研究スタイルはフィールドワー
 クを第一にする。自分の目で確かめ、そこで得られた身体的な体験をもとに
 研究を続けていた。そして、その研究スタイルがそれまでの作られた物語を
 超えて、その奥へと進むことを可能にした。

  ゴリラは群れで生活をしている。群れのリーダー同士がばったり出会った
 ときには、互いにドラミングを行うことで戦いを避け、何事も無かったかの
 ようにその場を去ることがわかってきた。ゴリラは平和的に解決することを
 望んでいた。そしてそれは、相手がヒトである場合も同じであることもわか
 ってきた。作られた物語は時に疑ってみてもよいのでは、ということなので
 ある。

  芥川龍之介には桃太郎という短編小説がある。その中で芥川は世間では悪
 者とされている鬼について、そうではないことを描いた。鬼が島で平和に暮
 らしていたにもかかわらず、ある時、桃太郎に理由もなく襲われた、という
 物語に仕立てたのだ。

  桃太郎と鬼の関係は、ヨーロッパ人とゴリラの関係に似ている。そして、
 鬼が島とアフリカ大陸から宝物を略奪するところも一致する。ではその一方
 的な略奪行為にはそれを正当化する理由はあるのだろうか。芥川は桃太郎が
 生まれる前のことをこう描いている。

   むかし、むかし、大むかし、この木(桃の木)は山谷をおおった枝に、
  累々と実を綴ったまま、静かに日の光りに浴していた。一万年に一度結ん
  だ実は一千年の間は地に落ちない。しかしある寂しい朝、運命は一羽の八
  咫烏になり、さっとその枝へおろして来た。と思うともう赤みのさした、
  小さい実を一つ啄み落した。・・・人間のいる国へ流れていたのである。

 八咫烏による偶然が桃に作用しただけだという。桃太郎が鬼を退治する力を
 持って生まれたのも、偶然であろうか。

  古代ギリシアにはポリスとオイコスという一対の見方、思想がある。ポリ
 スは都市空間であり、政治的な活動を行うところ、オイコスは家庭空間であ
 り、生活を成立させる生産活動をするところである。これはギリシア的、ア
 ジア的ともいわれ、搾取する側と搾取される側の関係でもある。ヨーロッパ
 が、偶然にできたギリシア的空間であれば、アフリカ大陸はアジア的空間な
 のである。桃太郎が持つ鬼を退治する力を文明に見立てれば、その力をもっ
 て鬼が島に向かうことは、ポリスからオイコスへ向かうことと同じなのであ
 る。

  物語は大量の情報となって世にあふれている。たまにはそれを疑ってみて
 も良いのではないか。作られた「物語」を超えることができれば、その先に
 新たな世界を発見できる。そのための方法として、著者は自身の経験から、
 時に言葉を疑い、身体的な体験を重視することを提案する。

  言葉と想像力は深く関係している。例えば、同じヒトであってもレトリッ
 クを使えば安易に違うものに見立てることもできる。あれはヒトではない、
 まるでケダモノだ、というように。ヒトは言葉によって意識をコントロール
 できる。ゲダモノであると見れば身の危険を感じるし、言葉が通じない動物
 と捉えれば共存よりも排除を選択する可能性が高くなる。著者は言葉や物語
 は、それが争いや戦争を引き起こす原因になるという大胆な仮説を立ててい
 る。言葉を手に入れたゆえに、自らの命の危機にも直面することになったの
 だと。言葉による区別や差別がその境界にあり、それを明確にするものとし
 て、レトリックが使われてきたのではないかと。この言葉の機能を利用すれ
 ばヒトを洗脳することはたやすい?近代戦争におけるプロパガンダ戦略のよ
 うに。


(3)感想は?

  話題が多岐に広がりを見せているため、著者の考えるところを取り出すの
 が難しかった。ゆえに、色々な本を手にとってみることにした。著者はゴリ
 ラの研究を通して、それまでの物語にはない、意外な事実を発見することが
 できた。フィールドワークを通して、身体で体験したからこそ経験できたの
 だ。これがゴリラ目線で世界を観ることであるという。
  ネット社会が加速し、言葉や物語という情報が目の前にあふれるようにな
 った現代では、身体で体験する機会が激減している。例えば紙の本が電子書
 籍に変わることで、紙の手触り、匂い、色、重さを感じることが無くなった。
 それはどこかで、鬼の立場で考えてみるようなことができ難くなることとも
 つながっているような気がする。鬼の立場で考る必要がないということは、
 選択肢が減り、迷う機会を奪うことであり、それは考えるという楽しみから
 遠ざかることでもある。考える行為を誰かが代行してくれているとも。
  著者は言葉には重さがないという。それは本を例にすれば電子化されたこ
 とで、言葉と身体的なものが分離されてしまったということである。分離さ
 れたことで物語を超える機会が減ったということである。物語は時に争いを
 正当化してしまうものだが、それを超えることで、争いのない未来を実現で
 きる可能性がヒトには残されているともいえるのだが、さて、どうなのか。
  むずかしい。私は著者の言葉に不足を感じていた。もっと言葉を尽くして
 もらわないと何を伝えようとしているのか、その真意がつかめないと思った
 からだ。だが、そうではない。著者はゴリラなのだ。言葉ではなく身体で何
 かを伝えようとしているのだ。私たちは言葉の中に閉じ込められている、だ
 からそこから外に出てみろという。著者はジャングルの中で生き物を観察し
 ていた時、言葉が煩わしいと感じたという。それまでにない新たな目線で世
 界を覗いた瞬間であり、物語を超えるきっかけを掴んだのだ。それは、そう
 いう場に向かうことでしか得られない、だからそこで待っていると。きっと
 私たちの周りにはたくさんのジャングルがあるはずだ、だたそのことに気づ
 いていないだけなのだ。


(4)感想文にとりくんだ感想

  ゴリラの目線とはなんぞや?私が入手できた本にはゴリラの生態があまり
 書かれていなかったため、ゴリラ像を掴めなかった。ゴリラとヒトを比較し
 てあーだこーだと感想を述べていけばもう少し面白いものができただろうに、
 と思ったりも。

 おわり